「神の領域のSEX」とは、いかなるものか?
正直言えば、文章に表わすのは極めて難しい。
「あなたに、その一端でも伝わればいい」、
そんな思いでこの一文をしたためていること、まずはご容赦いただきたい。
あなたが男であるということを前提にお話すれば、
まずあなたが認識すべきことは
「女は愛されるために生まれてきた生命体である」ということだ。
女は、男の数倍の快楽を得ることができる。
いや、それだけではない。
女は、
一度スイッチが入れば全身が性感帯と化し、
あなたが触れるだけで、悶絶を繰り返し、
短小だろうが包茎だろうが、
あなたが挿入することで昇天の悦楽を得る。
このこと、つまり女は愛されるために生まれてきたものであり、
その証しとして男の愛を受け入れた時、
男にはありえない悦楽という形で返礼する。
そもそもSEXとは、
そういった構図の上に成り立っているものだ。
見よう見まねのテクニックで、勘違いのSEXを繰り返す男たち。
なんとなく女をいかせた気になり、自分も射精を果たして終わり。
これはSEXとは呼べない自己満足・オナニーに過ぎない。
SEXとは、「神様が人間にくださった、最高の贈り物」なのだ。
神の領域のSEXの第一歩は、
「女は愛されるために生まれてきた生命体」であることを知り、
全身が性感帯となりうるスイッチを入れることだ。
それにより、あなたのSEXは全く違うものになるだろう。
女が、悶絶、昇天を繰り返す。
女の股間が凄まじいことになり、潮を吹き、嗚咽、歓喜の雄たけびを繰り返す。
そんなことは、神の領域のSEXを定義づけるものではないのだ。
あなたのSEXは、女の悶絶・嗚咽、歓喜の雄たけびの中で、
最高のエクスタシーを持続させコントロールできるようになるのだ。
もはや、イクことは目的ではない程のエクスタシーに包まれる。
女は「最高」と感じる瞬間を持続させ、普段のイクという悦楽を
はるかに超えた次元で官能を続け、
あなたも、その大きな悦楽の海へと溶け込んでいく。
2人の悦楽が一つとなり、意識が一つとなり、
お互いが意識することなく、同時にフィニッシュへとすすむ。
フィニッシュはSEXの目的ではなく、最後のご褒美のようなものだ。
2人の意識が一つになり、長い時間「最高」の悦楽を共有し、
お互いの体・気持ちが絶頂を越えた絶頂へと時間をかけて近づいていく中で、
同時にフィニッシュへと向かえることこそ、
本来のSEXのあるべき姿なのである。
あなたも、共感していただけるはずだ。
どうだろう。
最高だと思われないか?
これこそ、理想のSEXだと思われないか?
しかし、これも神の領域のSEXの終着点ではない。
むしろ始発点というべきだろう。
男であれば、人によっては最高のエクスタシーの瞬間は、
一瞬という人もいるだろう。
あのエクスタシーの瞬間が、長時間にわたって続くとしたら、
あなたは最高だと思われないか?
しかも、女も同様に悦楽の時をともにする。
気づくと「もう、朝か」。
2人とも時間を忘れてしまうような悦楽が長時間にわたって続き、
その先にある2人の悦楽の海には、
時間すら超える神の領域。
あるのは、ともに最高の時を過ごした悦び、至福感。
女は、あなたの深い愛に感動と感謝の眼差しを送る。
あの本能が揺さぶられ至福感で満たされた悦楽の海に、
ふたたび舞い戻りたくなる。
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